歴史の背景
「歴史の背景」の話の一覧です。
- 隣町と時刻が違う。列車には困る。各地が別々の地方時を使っていた時代、鉄道は時刻をそろえる必要に迫られた。英国では1840年にグレート・ウェスタン鉄道が…
- 一年は、ぴったり365日じゃない。1582年に導入されたグレゴリオ暦は、うるう年の置き方を調整して、暦と季節のずれを小さくした。国ごとの切り替え時期は同…
- 一歩先が、昨日や明日になる境界。日付変更線は太平洋を通る日付の境界。おおむね経度180度に沿うが、島や領域を避けるように曲がっている。
- 海の上で現在地を知る。それに賞金が出た。1714年の英国の経度法は、船の経度を正確に求める実用的な方法に報奨を設けた。航海で自分の東西の位置を知ることが難題だ…
- 世界の産業を、巨大な展示会に集めた。1851年、ロンドンのハイド・パークで大博覧会が開かれた。各地の製品や技術を並べるこの形式は、19世紀の万国博覧会へつ…
- 悪臭の街の地下に、巨大な水の道。19世紀後半、ロンドンは下水道網を整備した。テムズ川の汚染と大悪臭の背景には、都市の排水をどう処理するかという問題があ…
- 新聞が高かった時代に、1セントの新聞。1830年代以降の米国で広がったペニー・プレス。蒸気印刷などによる大量生産で安く売られ、ニュースを読む層を広げた。
- メールを送る前は、手紙を空気で飛ばした。気送管は、圧縮空気や気圧差で容器を管の中へ送る仕組み。書類や現金の運搬に使われ、病院などでは今も用途がある。
- 墓地へ向かう、専用の鉄道があった。1854年に開業したロンドン・ネクロポリス鉄道は、遺体と会葬者を郊外のブルックウッド墓地へ運んだ。都市の埋葬場所の問題…
- 棺の中から、助けを呼ぶための発明。安全棺は、生きたまま埋葬されることへの恐怖に応えた仕組み。中から知らせる装置など、さまざまな工夫が考案された。
- 海へ入るために、小屋ごと移動した。海水浴用のバシング・マシンは、着替えができる車輪付きの小屋。浜から海へ動かし、人目を避けて水に入れるようにした。
- チェスを指す自動人形。中には、人がいた。1770年に公開された「トルコ人」は、自分でチェスをする機械のように見えた。実際には内部に隠れた人間が操作していた。
- 氷で空母を作る。戦時中の巨大な構想。第二次世界大戦中のハバクック計画では、氷を使った大型の航空機基地船が検討された。木材パルプを混ぜた氷、パイクリートも候…
- 敵に読ませるための、偽の秘密文書。1943年のミンスミート作戦は、偽情報を敵側へ届ける英国の欺瞞工作だった。遺体に持たせた文書を使い、連合軍の侵攻先を誤…
- 巨大客船の第二の仕事は、海底にケーブルを敷くこと。19世紀のグレート・イースタン号は、当時きわめて大きな蒸気船だった。旅客船としてだけでなく、大西洋の電信ケーブル敷設に…
- 荷物を速く運ぶ工夫は、まず箱をそろえること。コンテナ輸送は、規格化した大きな箱を船・鉄道・トラックの間で移し替える仕組み。中身を毎回積み直す手間を減らした。
- 古代の船から、精密な歯車装置。アンティキティラ島沖の沈没船から見つかった装置は、天体の動きを計算する古代の仕組みだった。残った部品を調べ、働きの復元…
- 花の球根に、値段が熱くなった時代。17世紀のオランダでは、一部のチューリップ球根の契約価格が急上昇し、その後下落した。社会全体への影響は、よく語られる逸…
- 電線がないのに、遠くへ文字を送った。腕木などの形を変え、その信号を次の塔から読む光学式通信。塔をつなぐことで、人が運ぶより速く情報を遠方へ伝えられた。
- ローマ時代の小さな十二面体。何に使ったのか、まだ議論。穴や突起のある青銅製などの十二面体が、かつてのローマ帝国の地域で見つかっている。用途を確定できる説明は得られていない。
- 町に初めての映画館。1か月も続かなかった。1904年、テヘランの骨董品店の裏庭に一般向けの映画館ができた。喜劇や記録映像が上映されたが、宗教指導者によって間もな…
- 嫌いな章を、糊で閉じてしまった。1768年の小説『センチメンタル・ジャーニー』。ある読者は気に入らない章のページを糊で貼り合わせた。あとで剥がし、問題…
- 誰かを許さないと誓う。誰だったかは忘れた。13世紀に学者殺害に関わったヘンリー・シメオニス。オックスフォード大学では彼と和解しないという宣誓が学位取得時に続いた…
- 新幹線「のぞみ」が、名古屋を飛ばした。1992年に走り始めた一部の「のぞみ」は、名古屋と京都を通過して大阪へ急いだ。地元から強い反発を受け、この便は1997…
- 100万本のチューリップ。1か月で植え替え。1939年のニューヨーク万博に、オランダはチューリップの球根100万個を贈った。春の開幕を彩った花は、約1か月後には夏…
- 大統領の感謝祭から、クランベリーが消えた。1959年、米国で一部のクランベリーから除草剤が検出され、感謝祭直前に買い控えが広がった。その年、アイゼンハワー大統領…
- 見た目が気に入らず、スプリンクラーを付けなかった。建築家フランク・ロイド・ライトが設計した研究塔には、当初スプリンクラーがなかった。ライトが見た目を嫌い、保険会社の懸念…
- 豪華な映画館が、1ドルで譲られた。ニューヨークのヴァレンシア劇場は1977年に閉館。所有者は建物を教会へ寄付し、名目上の代金は1ドルだった。教会は改修に…
- 絶滅したと思われた花が、元の洞窟にいた。米コロラド州のオダマキの一変種は、1892年の観察を最後に野生では見つからず、絶滅したと考えられていた。2008年、最…
- 同じ彗星を、30分で5人が発見。1975年10月5日、日本の観測者5人が同じ彗星を互いに独立して30分以内に発見した。彗星の名前には、報告電報が先に届…
- ロンドンの柵の正体は、昔の担架。第二次世界大戦中に使われた金属製の担架。戦後に余ったものが柵へ転用され、ロンドンの建物の周りに今も残る。見慣れた街の風…
- ゲームボーイを、携帯電話でネットにつないだ。任天堂のモバイルアダプタGBは、ゲームボーイカラーなどを携帯電話回線につなぐ周辺機器。2001年に日本で始まり、『ポケ…
- 消えた公園の記念碑は、草むらに寝ていた。ソウルの漢陽公園がなくなった後、石碑は移動を重ねて所在が分からなくなった。2002年、フェンスの向こうの草むらに横たわ…
- ジャズバーの物件は、カード勝負で手に入れた?ニューヨークの『55 Bar』は1919年創業。初代経営者がトランプ勝負で物件を得たという説が残るが、確定した事実では…
- 公衆トイレが、国の文化財になった。1905年に造られたパリの地下公衆トイレ『ラヴァトワール・マドレーヌ』。アールヌーボー風の豪華な内装を持ち、歴史的記念…
- 1909年に採った花が、2013年に新種になった。モンゴルの花 Aquilegia daingolica は、1906年と1909年に標本が採集されていた。しかし新種と…
- 女性が歌う映画。歌声を吹き替えたのは男性だった。1931年の中国映画『歌女紅牡丹』で主演した胡蝶の歌は、女性役を得意とした男性の京劇俳優・梅蘭芳が吹き替えた。映画は初…
- 塔の悪口が、『猛禽類のフン』だった。かつてアテネのアクロポリスには中世の塔が立っていた。19世紀に撤去を求める声が高まり、あるギリシャの建築家はその塔を猛…
- ヨーロッパ最古級の法的争い。原因は土地の扱いだった。紀元前1180年ごろ、ミケーネ時代の巫女エリタは土地の性格をめぐって地域の共同体と対立した。粘土板に残るこの争いは、ヨ…
- 最初期の長編アニメ。現存するフィルムはない。1917年のアルゼンチン映画『El Apóstol』は、最初の長編アニメーション映画と広くみなされる。しかし唯一知られ…
- 最初の飲酒運転の摘発は、電気タクシーだった。ロンドンで電気タクシーが走り始めて22日後、運転手ジョージ・スミスが建物に衝突した。飲酒が確認され、飲酒運転で起訴され…
- 政治的な悪口に、便器を頭に載せる場面。作家ローレンス・スターンは1759年の風刺文で、教会内の争いを滑稽な物語にした。作中には登場人物が携帯便器の受け皿を頭…
- 同じ場所の劇場が三度焼失。出火元は毎回、外だった。米アトランティックシティのアカデミー・オブ・ミュージックは、1892年、1898年、1902年に焼失した。建て直しても…
- 帆船を造っているうちに、蒸気船の時代になった。米海軍のポトマック級フリゲートは、帆だけで進む軍艦として建造された。しかし完成まで長くかかり、就役するころには蒸気船が…
- 反乱に失敗した一族は、家の紋章まで変えさせられた。1310年のヴェネツィアでティエポロらの反乱が失敗すると、首謀者の邸宅は壊された。年末にはティエポロ家とクエリーニ家の…
- 大聖堂を建てたのに、司教は『大聖堂がない』。米ミネソタ州セントポールの2代目大聖堂は1851年に完成。しかし教会は学校との兼用建物の2階にあり、司教は大聖堂と呼べ…
- 女性の権利を訴える初期の演説。場所はキルト作りの集まり。19世紀の米国で、キルトを共同で縫う会は交流や議論の場でもあった。10代のスーザン・B・アンソニーは、そうした集まりで…
- 看板代をめぐる訴訟で、ビデオ店4軒が一時閉店。米国のレンタルビデオ店Video Updateは、買収した店舗の看板を交換した業者と支払いで争った。業者は複数の店舗に…
- 英国の小説が、日本語と中国語を経て映画に。1926年の中国の無声映画『空谷蘭』は、英国小説を日本語訳、さらに中国語訳を通して映画化したもの。中国の観客に合わせて…
- 王女の誕生のために、特別な『法の空間』を作った。第二次世界大戦中、オランダ王室はカナダに亡命していた。王位継承をめぐる問題を避けるため、カナダ政府はユリアナ王女の出産…
- 火事で本を失った医師の手紙。それ自体も消え、再発見された。古代ローマの医師ガレノスは192年の大火で本や医療器具を失い、悲しみへの向き合い方を書いた。原文も失われたと思われてい…
- 倒産寸前の映画会社。最後のお金で作った一本が当たった。1922年に上海で設立された明星影片公司は、初期の喜劇が振るわず1923年に資金難へ。残った資金を『孤児救祖記』の製作…
- チャップリンが上海に来た映画。本人の訪問は14年後。1922年の中国の喜劇映画『滑稽大王遊滬記』は、チャップリンそっくりの俳優が上海を訪れる架空の話だった。本物のチャップ…
- 14世紀の無人集落。後の発掘でヤギが見つかった。アイスランド出身の聖職者イーヴァル・バルザルソンは、グリーンランドの西方植民地に人が見当たらず、家畜だけが歩き回ってい…
- 近代中国演劇の始まりとされる舞台。上演したのは東京の中国人学生。1907年、東京の中国人留学生による春柳社が、米小説『アンクル・トムの小屋』を改作した劇『黒奴籲天録』を本郷座で上演し…
- 『ブタの目』の船着き場。礼拝堂が街の名を変えた。現在の米ミネソタ州セントポール付近の船着き場は、かつて『Pig's Eye』と呼ばれた。1841年に近くへ丸太造りの聖…
- 原稿が長くなった。脇筋を独立させ、もう1冊に。1794年、英国の作家エリザベス・ガニングは、4巻分の契約で書いていた『The Packet』が長くなったため、登場人…
- 隣の土地へ飛んだハチ。7世紀の法律書は真剣に考えた。7世紀ごろのアイルランドには、養蜂を扱う法律文書『Bechbretha』があった。巣箱の持ち主と隣人の関係や、群れが別…
- 奴隷制と分離に反対。それでも南軍に徴兵された。ドイツ生まれのデトロフ・ウィルロットは米テキサスに移り、南北戦争では本人の考えに反して南軍に徴兵された。捕虜になると北…
- 帽子を脱ぐと失礼。だから中国のミサではかぶった。17世紀の中国では、頭を覆わないことが無礼とみなされる文化に合わせ、宣教師がミサ中にかぶる儀式用の帽子『祭巾』が認めら…
- 農民の家に生まれた女性が、貴族の娘を名乗った。17世紀ポーランドのアグニェシュカ・マフヴナは、読み書きと宮廷の作法を身につけた後、ズボロフスキ家の娘アレクサンドラだ…
- 帝国の威厳を示す宮殿。完成から数カ月で国が併合された。ソウルの徳寿宮に建てられた石造殿は、大韓帝国の近代化と権威を示す西洋式の建物だった。1910年4月ごろに完成したが、そ…
- 『夫と別れるなら女王に』。彼女が次に選んだ相手は同じ夫。1186年、エルサレム王国のシビーユは、貴族たちから夫ギーと別れることを王位承認の条件にされた。彼女は次の夫を自分で選…
- 同じ仏像の頭は8世紀、体は13世紀に作られた。奈良・秋篠寺の伎芸天像は、乾漆造りの頭部が奈良時代の8世紀、木彫りの体が鎌倉時代の13世紀のもの。数百年離れた部材が一…
- 8世紀に日本へ来た香木。織田信長も一片を切り取った。奈良の正倉院に伝わる香木『蘭奢待』は8世紀に日本へ入った。1574年には許可を得た織田信長が一片を切り取り、後には明治…
- 初代アメリカ議会が使った建物。後に425ドルで売られ、取り壊された。ニューヨークの初代Federal Hallでは1789年に第1回議会が開かれ、ワシントンの大統領就任式も行われた。首都…
- アマゾンの古い映画が消えた。約90年後、プラハの資料館で見つかった。シルヴィーノ・サントスのブラジル製無声映画『Amazonas, o Maior Rio do Mundo』は1931年…
- 1861年に建てられた教会。壁に54カ所の銃眼が残る。ニュージーランドのマウクにある聖ブライド教会は、1863年のワイカト侵攻時に周囲を柵で囲まれ、軍事拠点として使われた。…
- ポーランドの歴史を描いた映画。地元より先に国外で上映された。映画製作者モルドカ・トウビンは1908年、ポーランド人とドイツ当局の対立を描く『Pruska kultura』を製作し…
- 1358年の和平案。フランスの約4分の1が条件だった。百年戦争中の第一次ロンドン条約では、フランス王の身代金と和平の代わりに、フランス領の約4分の1をイングランドへ譲ること…
- 『人種で分けずに配ってほしい』。市はその条件を拒んだ。1820年、米サバンナの大火で約500棟が焼けた。ニューヨーク市から届いた救援寄付には、人種を問わず配るという条件が付…
- 教会跡の駐車場を掘ると、約190人の埋葬跡が現れた。ニューヨークのスプリング通り長老派教会は1960年代に閉じ、敷地の地下墓所の上に駐車場が造られた。2006年、建設工事…
- 1933年の反乱を記念した碑が、2018年の夜に撤去された。タイの憲法擁護記念碑は、1933年の王党派による反乱を退けた人々をたたえるため、バンコクに建てられた。2010年代には…
- 占領軍が味方に誘おうとした首長。服の下に英国旗の入れ墨があった。第二次大戦中、現在のキリバスに当たるギルバート諸島を日本が占領した。1944年の雑誌記事によると、日本側は首長テキナイ…
- 1586年、妻は亡き夫に手紙を書いた。見つかったのは1998年。朝鮮時代の妊娠中の女性が、亡くなった夫・李応台に宛て、幼い子どもたちの将来を案じる手紙を残した。1998年、韓国・安東…
- 12世紀の領主に司教が不満。『襲撃の戦利品を教会に分けない』。現在のシリア沿岸部を治めたアリスは、独自に軍事行動を進めていたらしい。1145年、ジャバラの司教はローマの教皇庁で、ア…
- 学校へ忍び込んだ参政権運動家。建物が気に入り、火をつけなかった。1913年4月、英国バーミンガムの古い学校に女性参政権運動家2人が侵入した。窓は開けられていたが、火は放たれなかった。…
- お祝いの舞踏会場。解体・移築して、砲兵博物館になった。ロンドンのロタンダは1814年、王室の祝賀行事のための仮設舞踏会場として建てられた。行事後も残り、1818年に解体して…
- 古代都市のモザイクを分析。石だと思われた材料はガラスだった。18世紀の博物学者ヨハン・ヤコブ・フェルバーは、ポンペイのモザイクの試料を研究者トルベン・ベリマンに渡した。その分析に…
- 1937年完成のソウルの建物。住居からホテル、食堂を経て住居へ。忠正アパートは日本統治下の1937年に完成。1940年にホテルへ転用されたが経営は振るわず、後におでんと酒を売る食堂に…
- 1933年の誘拐事件。身代金の手紙が捜査技術の転機に。米国のビール会社社長ウィリアム・ハムは1933年に誘拐され、後に解放された。FBIは身代金要求の手紙から硝酸銀を使って…
- 文化を残すための質問票。最初の巻だけで2087問あった。20世紀初頭のユダヤ民族誌調査で作られた質問票『Der Mentsch』の第1巻は、1914年にサンクトペテルブルクで…
- 1931年の中国映画。フィルムは残ったが、歌声は失われた。『銀漢双星』は1931年に公開された中国映画。せりふは字幕で示し、歌は別の媒体に録音して上映時に流す方式だった。初期中…
- 古い物語で、博士たちが食べ物を分ける。食べた人には幻視が訪れた。シリア語の古文書『東方の博士の啓示』には、星によって増えた食べ物を博士たちが故郷の人々に分け、食べた者が宗教的な幻視を…
- 中国で『オセロ』が舞台に。台本は日本語訳を経由した。20世紀初めの春柳社の後継劇団は、シェイクスピアの『オセロ』を日本語訳から『裏切り者』として脚色した。中国で初めての本…
- 760年に架けられた橋。失われ、2018年に再び渡れる姿へ。韓国・慶州の月精橋は新羅時代の760年に造られ、朝鮮王朝時代に失われた。遺構の調査を経て二段階で再建され、門楼まで備え…
- 狭い海峡で艦隊が衝突。しかも夜、しかも嵐だった。1352年2月、ジェノヴァの艦隊とヴェネツィア・アラゴン・ビザンツ側の連合艦隊がボスポラス海峡で戦った。戦闘は遅い時刻…
- 1855年、巨大な川に初めて橋。歩いて渡るには5セント。ミネソタのヘネピン・アベニュー橋は1855年1月に開通し、ミシシッピ川に架けられた最初の橋とされる。開通時には行進や祝…
- 大学が戦時研究を請け負う。その間接費がテレビ局の資金になった。米アイオワ州立大学はマンハッタン計画向けのウラン生産に関わり、戦時研究費に付く5%の間接費を受け取った。その一部は19…
- 総督が要塞の見学を頼む。夜には住人を追い出していた。1620年代のマカオで、総督フランシスコ・マスカレニャスはイエズス会の要塞に『街を眺めたい』と入った。兵を少しずつ呼び…
- 1917年、ニューヨークの大通り。人々は声を上げず、太鼓だけが鳴った。人種差別とリンチへの抗議として、1917年にアフリカ系米国人およそ8000~1万5000人が五番街を行進した。参加者は…
- 地元の少年野球を中継したい。ならば局の隣に球場を。米オハイオ州のテレビ局WLIOの初期には、スタジオの敷地内に『テレキャスト・フィールド』という野球場があった。ここから…
- 旅の思い出を、木版から肌へ写す。エルサレムのラズーク家は18世紀からキリスト教徒の巡礼者にタトゥーを施してきた。オリーブ材に彫った図柄をスタンプのよう…
- 敵は軍隊ではなく、人の姿になった『貧困』。1616~1618年ごろのムガル帝国の細密画には、地球儀の上に立つジャハーンギール帝が『貧困』を擬人化した人物を弓で射…
- 軍で荷を運び、サーカスに出て、映画にも。ラクダのトプシーは1850年代に米国が導入したラクダ部隊の一員だった。軍の計画終了後は鉱山の荷運びやサーカスを経て、初…
- 618年に建った石の教会。大地震でも大きく崩れなかった。アルメニアの聖フリプシメ教会は618年に建てられ、ほぼ原形を残す。地震による大きな損傷が記録されておらず、厚い石壁、低…
- 京都の金閣。約600年前の建物ではない。金閣寺の金閣は1950年の放火で焼失した。再建は1952年に始まり、1955年に完成。現在の姿は歴史ある寺院の一部だが…
- フーバー元大統領が完成を祝福。跡地にはトランプ・ワールド・タワー。ニューヨークのユナイテッド・エンジニアリング・センターは1961年に完成し、献堂式に元大統領ハーバート・フーバーが出席…
- 海底で見つけた軍艦。14年後、輪郭だけが残っていた。第二次世界大戦で沈んだオランダ巡洋艦デ・ロイテルの残骸は2002年に確認された。だが2016年の慰霊調査では、海底に残…
- 12世紀の石橋。車が通ったのは1960年代まで。アルメニア北部のサナヒン橋は12世紀後半に造られた石造りのアーチ橋。修復を重ねながら姿を保ち、1960年代までは自動車…
- 王の後を継ぐはずの男。病に倒れたのは、王より先だった。12世紀のエルサレム王ボードゥアン4世は重い病を抱え、妹の夫ウィリアムが後継者になると見られていた。1177年、ウィリ…
- 夜明けの軍事クーデター。大統領は寝間着姿で現れた。1995年8月15日、サントメ・プリンシペで軍の一部が蜂起した。兵士は大統領宮殿に入り、隠れていたミゲル・トロヴォアダ…
- 道路が閉鎖。住民が道路を造り、すぐ畑に戻した。2014年、英国ケルストン近くの幹線道路が地滑りの恐れで閉鎖された。地元の実業家らは迂回のため私設有料道路を建設。元の…
- 運動仲間に批判された人の歌。のちに国歌になった。19世紀のエストニアで新聞や歌の祭典を通じ民族運動を支えたヨハン・ヤンセンは、支配層への慎重な姿勢から運動内で批判も受…
- 1952年の設計図。建物になったのは70年後。建築家ミース・ファン・デル・ローエが1952年に米インディアナ大学のため設計した建物は、資金難で計画が中止された。図面…
- 1846年に銀貨が大量発見。同じ畑で、121年後に続きを発見。英国ボルトン・パーシーの畑では1846年に約2000枚の古い銀貨が見つかった。1967年には少年たちが同じ畑からさらに…
- ごみを回収してくれない。住民は道路に積み上げた。1969年、ニューヨークのイーストハーレムでは収集されないごみが問題だった。住民と団体ヤング・ローズは清掃活動の後、放…
- セールの毛皮にハト。客が袖を通すと飛び出した。米フィラデルフィアの百貨店で労働争議を率いたジョン・モリスは、後年、セール中の毛皮の袖にハトを隠したと語った。客がコー…
- 交響曲の楽譜が海で消えた。復元版も戦火で消えた。山田耕筰が1912年に作曲した日本初の交響曲『勝鬨と平和』。米国公演後、原稿は海上の事故で失われたと山田は語り、残った…
- 古い叙事詩を読んだ教師。丘に城跡があると見抜いた。エストニアのイルの丘は、古い叙事詩『カレヴィポエグ』に登場する。教師アルトゥル・シュプレッケルゼンは物語に注目し、古代…
- 祖父の遺骨を返してほしい。講和条約から35年かかった。タンガニーカの首長アダム・サピ・ムクワワは1948年、ドイツにあった祖父ムクワワの頭骨の返還を求め始めた。返還は191…
- アメフトの試合会場に、本物の対空ミサイルが並んだ。シカゴで1946~1970年に開かれた軍人救済のための慈善試合では、軍の式典も行われた。1957年には2基のナイキ・エ…
- ボクシングで五輪金。12年後はボブスレーでも金。米国のエディ・イーガンは1920年のアントワープ夏季五輪でボクシングのライトヘビー級を制した。1932年の冬季五輪では…
- 新しい庁舎を建てようとした。地下から419人の遺骨。1991年、ニューヨークの連邦庁舎建設予定地でアフリカ人の歴史的埋葬地が見つかった。発掘では419人分の遺骨が確認され…
- 蔵書7万冊が封じられた。歴史家は子どものノートに書いた。中国の歴史家・顧頡剛は文化大革命中、7万冊を超える蔵書を使えなくなった。研究を見つからずに続けるため、子どもの机にあっ…
- 王の弟はワイン樽で溺れた?処刑は事実、方法は伝説。イングランド王エドワード4世の弟クラレンス公は反逆罪で有罪となり、1478年にロンドン塔で非公開の処刑を受けた。甘口ワ…
- 祖国へ戻るため、顔つきを変える手術を受けた。チリの政治家ルイス・コルバランは1973年のクーデター後に拘束され、1976年の囚人交換で釈放された。1980年代には…
- ポーランド史を描いた日本漫画。現地では著作権を守って出た最初の漫画に。池田理代子の『天の涯まで』はポーランドのポニャトフスキ公を描く歴史漫画。日本では1991年に発表され、ポーランドでは1…
- 手紙を仕分ける建物。屋上には警備員の射撃場。1937年に開業したニューヨークのブロンクス中央郵便局には、郵便の仕分け設備だけでなく、警備員用の射撃場も設けられてい…
- 薄い銀板が丸まって読めない。CTで『開いて』文字を読む。ドイツ・フランクフルトで2018年に見つかった3世紀の銀の護符には、薄い銀板が巻かれていた。傷めずに開くのは難しかった…
- 王宮には普通の兵士が入れない。王を守るのは女性の護衛。15世紀の琉球国王・尚泰久について、朝鮮へ渡った琉球の使節は、剣を持つ女性だけの近衛隊が王を守っていたと伝えた。一般の…
- 木の板を接合して、さらにロープで縫う。スペインのマサロン沖で見つかった鉄器時代の難破船『マサロン1』には、木材をほぞで組む方法と、板の継ぎ目をロープで縫う方…
- 宇宙センター見学のあと、予定外に普通のスーパーへ。1989年9月、ソ連の政治家ボリス・エリツィンは米ヒューストンで宇宙センターを訪れた後、一般の買い物を見ようと食品店に…
- 酒を作るのは違法。修道士は農家の蒸留器を手伝った。米国の禁酒法時代、ミネソタのベネディクト会修道士ユストゥス・トレッテルは、農家が酒を密造するための蒸留器作りを手伝った…
- トロイ戦争の絵巻物?作ったのは17世紀マカオの職人。1620年代、明代の中国人職人がマカオでトロイ戦争を描いた7枚組の刺繍壁掛けを制作した。西洋古典を題材にしながら、雲や…
- 1919年、女性の仕事が見つからない。彼女は夫の名前で職を得た。ドイツのマリア・アインスマンは第一次大戦後、女性の雇用が厳しい中で夫ヨーゼフの服と社会保険証を使い、彼の名で働き始めた…
- 王が会議に呼びたい相手は家臣ではない。召集状は教会の名で出した。1109年、エルサレム王ボードゥアン1世は十字軍諸侯の争いを調停するためトリポリに会議を招集した。しかし呼び出す相手の…
- スイスの峠道に2本の石柱。発掘で古代ローマの聖域と判明した。スイスのユリア峠は青銅器・鉄器時代から使われ、ローマ時代には往来が盛んだった。今の道路の脇に立つ2本の石柱は、1930…
- 植民地支配への不満が積もったジャワ島。道路計画が火種になった。1825年から1830年のジャワ戦争では、ディポネゴロ率いる勢力がオランダ植民地当局と戦った。王位継承や植民地政策への…
- 巨大な墓の地下から、石の器が少なくとも3万点見つかった。古代エジプトのジェセル王の階段ピラミッドでは、盗掘を免れた地下の回廊から少なくとも3万点の石製容器が見つかった。重さは…
- 捕虜の王が、国土のほぼ半分を渡す条約に署名。国内が拒んだ。百年戦争中の1359年、捕虜となっていたフランス王ジャン2世は、広大な領土をイングランドへ譲る第2次ロンドン条約を結ん…
- 敵艦隊が来る。ローマ軍は輸送船を縛って『海上の壁』にした。第二次ポエニ戦争中、現在のチュニジアにあるウティカを包囲したローマ軍は、カルタゴ艦隊の接近を知った。船を互いに結び、輸…
- 1323年の地域協定に、花嫁の誘拐を禁じる条項があった。北海沿岸のフリースラント諸地域が1323年に批准したウプスタルスボームの法令には、治安や裁判、通貨の取り決めが並ぶ。そ…
- 不道徳としてパリで本を押収。かえって読みたい人が増えた。プレヴォーの小説『マノン・レスコー』は1731年に刊行され、結婚しない恋人たちや犯罪を描いた。1733年、道徳上の問題…
- 政府が注文したステンドグラス。『挑発的』と判断され、設置されなかった。アイルランド自由国政府は、ジュネーブの国際連盟関連施設に飾るためハリー・クラークへステンドグラスを依頼した。1927〜…
- 研究が抑圧された時代、心理学者は50万字の原稿を隠れて書いた。中国の心理学者・潘菽は、文化大革命で心理学の研究が抑圧されるなか、理論を密かに書き続けた。草稿は約50万字に達し、改革…
- ジャワ島の町は戦闘で大きく傷み、再建時に新しい名前を得た。1827〜1828年のサスラディラガの反乱では、ジャワ島のラジェクウェシが戦いの舞台となった。反乱軍は1828年2月に…
- 米国は内戦のさなか、英国と戦う場合に備える軍艦も造った。米国南北戦争中の1863年、北軍は英国が南軍を支援して参戦する可能性を恐れた。そこで英国の商船を襲って戦争の費用を高く…
- フィラデルフィアという都市名は、かつて中東にもあった。現在のヨルダン首都アンマンは、紀元前3世紀ごろエジプトのプトレマイオス2世によって再建され、『フィラデルフィア』と名付…
- 1343年の英仏休戦。紙の上の和平は、ブルターニュには届かなかった。百年戦争中の1343年、英仏はフランスのマレストロワで休戦を結んだ。領土は当面それぞれの占領地を維持し、恒久和平も話し…
- 戦いに敗れた指導者は、兵力だけでなく自分の行いも原因に挙げた。1826年、ジャワ戦争のガウォクの戦いでディポネゴロ率いる反乱軍はオランダ側に大敗した。戦後に書いた自伝的記録で、彼は…
- 今の七不思議の顔ぶれを定着させた版画には、8番目がいた。1572年に出版された『世界の八つの驚異』という版画連作は、古代の驚異を一式で絵にした初期の作品とされる。古典の資料で…
- 教皇ドヌス2世は、記録の読み違いから生まれた人物だった。中世の教皇名簿で称号『domnus』が名前と取り違えられ、10世紀に在位したはずのドヌス2世が記載された。後代には肖像…
- コウモリ型の飛行装置は着地に成功した。次の実演は悲劇になった。発明家フィンセント・デ・フローフは1874年6月29日、気球から自作の翼で降下し、ロンドン郊外に安全に着地した。10日…
- 祖父は、跡継ぎの父が存命のうちに孫も皇太子に指名した。1790年、ジョグジャカルタのスルタン、ハメンクブウォノ1世は、息子スンドロが皇太子である一方、孫スロジョも皇太子に定…
- 選挙の票が、立候補者ではなくその兄弟に数えられた。1860年の米バーモント州の選挙で、フェアフィールドの130票が下院議員候補ポータス・バクスターではなく、兄弟のカルロ…
- 一度は皇位を譲った女帝が、別の名で戻ってきた。奈良時代の孝謙天皇は758年に淳仁天皇へ譲位した。その後、仏門に入って髪を剃ったが、政治対立の末に764年に再び皇位に…
- 魚雷で沈んだタンカーの残骸が、沿岸警備隊の訓練場になった。1942年4月、米沿岸警備隊の巡視艇ディオネが護衛する船団で、タンカー『Axtell J. Byles』が魚雷を受けて…
- 本人が避けようとした指名が、政党から届いた。1912年の米ミシガン州で、L・ホイットニー・ワトキンズは知事選への出馬を望まず、別の候補を推していた。それでもブル・…
- 同じ事件で、逮捕・審理・弁護・執行まで担った。豪州統治下のパプアニューギニアで働いたホレス・ナイアルは、殺人容疑の5人を逮捕した後、治安判事を務めた。さらに上級裁判…
- 1812年の略奪で、記録や楽器まで持ち去られた。英国軍がジョグジャカルタの宮廷を襲った際、宝飾品だけでなく公文書、写本、ガムラン楽器も奪った。記録によると、書物類で残…
- 明の皇帝は、後宮の女性に死を強いる慣行をやめさせた。15世紀の明の英宗は二度目の在位中、皇帝の死後に側室が自害する慣行を廃止した。宮廷の制度には、権力者の死が別の命まで奪…
- 約5000年前の墓から、調理器具みたいなものが出た。ギリシャ・シロス島のチャランドリアニ遺跡では、紀元前2700〜2200年ごろの墓に、考古学者が『フライパン』と呼ぶ陶器…
- 古代ローマの名弁論は読めるのに、裁判の結果は分からない。紀元前54年、キケロはグナエウス・プランキウスを弁護した。『プロ・プランキオ』の演説は現存するが、被告が有罪だったか無…
- 解散できないはずの連邦は、発足から1年もたたずに消えた。エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスは1921年4月に中米連邦を発足させた。憲法は連邦を『永久かつ不可分』としたが…
- 教皇が英国の王子に王位を提示。本人は現地へ行かなかった。1254年、教皇側は10歳の英国王子エドマンドにシチリア王国の王位を提示した。父ヘンリー3世は息子に代わって受け入れた…
- 王国の起源譚には、竹の芽から現れた男が出てくる。現在のインドネシア・スラウェシ島にあったモリ王国の起源神話では、超自然的な出自の男が竹の芽から現れ、集落の長の娘と結婚…
- 一つの建物が、パンの原料も布も音楽も生んだ。英国マンスフィールドのタウン・ミルは1775年ごろに水力製粉所として建てられ、のちに織物工場となった。1969年から2…
- 米が港から出ていくのに、地元では買いづらい。1918年、米価への抗議は富山県魚津の漁村から始まり、約500か所へ広がった。参加者は推計100万~200万人。騒動の…
- 地震で傷んだ百年の建物。正面だけを残して建て替えた。ニュージーランド・クライストチャーチの家具店建物は1910年築。2010~11年の地震後、建物は2015年に解体された…
- 葬式の帰りに、黒い封のお菓子1790年の英国誌には、葬儀の参列者に甘いビスケットを配る習慣が紹介された。紙で包み、黒い封蝋で閉じたものだった。悲し…
- そのブレスレット、髪でできている19世紀に人気を集めた服喪用の装身具には、亡くなった人の髪を使うものもあった。黒い石や名前入りの品だけでなく、髪そのも…
- 墓の鉄かごは、死人を閉じ込めるため?19世紀の英国で使われたモートセーフは、墓を覆う重い鉄の装置だった。防ぎたかったのは死者の復活ではなく、解剖用の遺体を…
- 食事をして、故人の罪を引き受ける?ウェールズなどに結びつけて語られる「罪食い」。葬儀の食べ物を食べる人が、故人の罪も引き受けると考えられた儀礼だ。ただし…
- 涙を集めた瓶、と思われていたけれど古代の墓から出る細い瓶には「涙の瓶」という名前がついた。昔は参列者の涙を入れたと考えられたが、その用途を示す証拠はない…
- 昔の内線は、管に息を吹いて呼んだ伝声管は、管を通して声を届ける通信の道具。笛のついたものでは、息を吹くと相手側で笛が鳴り、聞き手がそれを外して応答した…
- バターを作る道具は、ひたすら動かすバターチャーンは、クリームを機械的にかき混ぜてバターにする道具。棒を上下させるものも、クランクで回すものもあった。朝食…
- バターにも、牛や花の模様を押したバタースタンプは、柔らかいバターの塊に模様をつける道具。木製で牛や花、幾何学模様を彫ったものがあった。家庭の飾りにも、…
- 飲み物のために、銀のおろし器をポケットへ18世紀には、ナツメグを銀の小さな容器で持ち歩く流行があった。容器にはおろし器もついていて、パンチ酒に香辛料を加えられ…
- インクを乾かすために、紙へ粉をかけたポウンスという細かい粉は、文字のインクを乾かしたり、書く面を整えたりするのに使われた。19世紀の容器には、余った粉を戻…
- トレドを譲り、別の半島を得た1830年代、オハイオとミシガンはトレド付近の境界を争った。妥協案では、ミシガンが争点の土地を譲る代わりに州となり、ア…
- 335年の戦争、そもそも開戦したかも曖昧オランダと英国のシリー諸島には、和平がないまま335年戦争状態だった、という話がある。1986年には和平の儀式が行われ…
- 領有権を主張しながら、酒瓶を置いたカナダとデンマークは、北極のハンス島をめぐって争った。上陸して旗を立て、相手に酒瓶を残す応酬もあった。2022年には島…
- サッカー戦争は、試合だけが原因ではない1969年、ホンジュラスとエルサルバドルの戦争は「サッカー戦争」と呼ばれた。試合の緊張はあったが、背景には土地や移民を…
- ロブスターの動き方が、国同士の議論に1960年代初め、ブラジル沖の漁獲をめぐってフランスと対立が起きた。ブラジルはロブスターが海底を歩くと主張し、フランス…
- 10セントのビール。野球の試合は没収試合へ1974年6月4日、クリーブランドの球場は10セントのビールで観客を集めた。しかし試合終盤、観客がグラウンドへ入り乱闘…
- ネットの片側は芝。もう片側は土のテニス2007年、マヨルカ島でフェデラーとナダルが対戦したコートは、片側が芝、片側がクレーだった。それぞれが得意としていた床…
- 55歳の元王者と29歳の現役。キングが勝った1973年、ヒューストンでボビー・リッグスとビリー・ジーン・キングが対戦した。55歳の元王者と29歳の現役選手による、…
- メルボルン五輪なのに、馬術はストックホルム1956年の夏季五輪はメルボルン開催。でも馬術競技は、数か月早くスウェーデンのストックホルムで行われた。オーストラリア…
- 五輪の綱引きでは、同じ国から複数チームも出た綱引きは1900年から1920年まで、開催された夏季五輪の競技だった。当時はクラブのチームが出場し、一つの国が複数チー…
- 自分の体がガラスでできている、と恐れた人々中世末から近世のヨーロッパには、体がガラスで、割れると恐れる人々の記録がある。フランス王シャルル6世の話もその一つとし…
- 船の時計を合わせるため、高い球を落とした19世紀の港では、決まった時刻に高い球を落とし、船から時計を合わせられるようにした。タイム・ボールという装置だ。合図は…
- 古い本には、読まずに回すページもあったボルベルは、重ねた紙の円盤などを回して情報を合わせる道具。昔の天文学の本にも使われ、計算や情報整理を助けた。数字を読む…
- 昔マシンガンと呼ばれた銃は、手動だった1718年に特許が取られたパックル銃は、手動で扱う回転式の銃だった。後の記録にはマシンガンという呼び方もあるが、現代の…
- 大きな会戦は少なくても、食料が戦争を苦しめた1778〜79年のバイエルン継承戦争には、ジャガイモ戦争というあだ名がある。大軍が動いた一方、大きな会戦は少なく、食料…
- 靴べらは履くため。ブーツ・ジャックは脱ぐためブーツ・ジャックは、ブーツのかかとを挟み、もう片方の足で押さえる道具。手で汚れた靴をつかんだり、かがんだりせず足を抜け…
- 砂糖を入れる前に、塊から切り取る仕事があった粉や角砂糖が広まる前、砂糖は大きな塊の一部として買われることがあった。シュガー・ニップスは、その塊を小さく切るための丈…
- 小さな花束の名前は、鼻を楽しませる飾りだったノーズゲイは、手に持ったり身に着けたりする小さな花束。英語の名前はnoseと、昔は飾りを意味したgayを合わせたものだ…
- 虫の瓶に生えた草が、植物を運ぶ箱のヒントになったナサニエル・ウォードは、虫を入れた密閉した瓶の土から、シダや草が育つことに気づいた。そこからガラスで保護する箱を試した…
- カップの中の小さな棚は、口ひげを守るため口ひげ用カップには、内側に半月形の棚がある。飲み物の通り道を残し、ひげを濡らさず飲むための形だ。ビクトリア朝には、ひげ…
- 回る車輪の周りに、小さな足を並べたペドレール車輪は、車輪の周りに接地する足を付けた昔の構想。足が地面に合わせて動き、凹凸を越えたり圧力を分散したりする狙…
- 車輪ではなく、4本の脚で歩く試作車があった1965年、ゼネラル・エレクトリックは、4本の脚で歩く実験車を作った。中の操縦者が手足を動かし、機械の脚を油圧で操る。…
- 列車なのに、後ろのプロペラで進んだシーネンツェッペリンは、1930年代のドイツの実験鉄道車両。後ろのプロペラで進み、1931年には時速約230kmを記録…
- 倒れそうな一本レールの車両を、回転で支えたジャイロ式モノレールは、回る車輪のジャイロ作用で、一本のレール上の車両のバランスを保つ構想。20世紀初めに実物の試作車…
- 大きな車輪の未来車には、運転席が回る問題があった1930年代のダイナスフィアは、大きな車輪の内側に運転席を入れた試作車。走れた一方、操舵やブレーキには課題があった。加…
- 高さ50cmを超える、昔の厚底靴が残っているルネサンス期に流行したショピンは、木やコルクの高い底を持つ履物。現存するものには、高さ50cmを超す例もある。ヴェネツ…
- 大きなひだ襟は、糊で形を保っていた昔の肖像画にある、首の周りの大きなひだ襟。ラフと呼ばれ、糊を使うことで布が形を保ち、より大きく広げられた。服から外して…
- 裾が狭すぎて、大股で歩けないスカートが流行した1908〜1914年ごろに流行したホブル・スカートは、裾を狭くした形。着る人の歩幅を大きく制限したことが、その名にもつ…
- スカートの後ろだけを膨らませる、隠れた支え19世紀後半のドレスには、背中側の腰の下にバッスルという支えを入れるものがあった。詰め物や針金の枠で、重い布を支えて後…
- 尖った靴の名前は、巻き貝を取り出す道具から1950年代以降に英国のロックンロールのファンらが履いたウィンクルピッカーは、先端が長く尖った靴。その呼び名は、巻き貝…